2005年05月19日

THE SMITHS



●メンバー:

  モリッシー(vo)
  ジョニー・マー(g)
  アンディ・ルーク(b)
  マイク・ジョイス(ds)


●ディスコグラフィー

  THE SMITHS (1984)
  MEAT IS MURDER (1985)
  The Queen Is Dead (1986)
  STRANGEWAYS HERE WE COME (1987)


 「僕らの音楽は情熱的な人間の叫びだ。新しい考え方があるって教えるのがまず一つ。みんなは感情的なことを恐れてると思う、そこを変えたかったんだ」、「スミスが出てきた頃は仰々しく飾りたてた名前が流行ってた。だから僕らの仕事は一番当たり前の名前を選んで、なおかつ芸術的な何かを作り出してみせることだと思った」(モリッシー)


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 【例えば友達がいないこと、容姿がさえないこと。そんな、出来ればおおっぴらにしたくないと誰もが思うようなコンプレックス、或いはタブーをモリッシーは堂々と宣言し、ウイットに富んだ言葉で歌詞を紡ぎだす。単なるポーズではなくリアリティに満ちていたからこそ彼の言動は波紋を呼びもしたが、一方で「信者」とまで言われる支持者を得た。また、ストーンズやロリー・ギャラガー、ファンクやソウルまで愛聴していたジョニー・マーのギターはその影響元さえ曖昧にするほど独創性に溢れ、サウンド面で曲にさらなる説得力を与えた。どちらかが欠けても成り立たない特別なタッグ。これこそがスミスをスミスたらしめていたのだ。
 ロック不毛の時代と言われた80年代をあまりにも早く駆け抜けてしまったスミスだが、しかし彼らが残した力強い音楽と言葉は後のバンドにも多大な影響を与えたのだった。“スミス・フォロワー”は数多く登場しているが、なかなか本家を超えるものが現われてこないことからも、その存在の大きさを思い知らされる】

(山本純子、クロスビート2001年1月号より)



    

    スローガン

    ザ・スミス・ファイル


2005年05月17日

MASSIVE ATTACK



●メンバー:

 3D
 ダディー・G
 マッシュルーム(99年脱退)


●ディスコグラフィー

  BLUE LINES (1991)
  PROTECTION (1994)
  MEZZANINE (1998)
  100TH WINDOW (2003)


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 【様々な移民が暮らすブリストルで80年代からマルチ・カルチャーな音楽が多数生み出されるようになった。そんな中、ヒップホップやレゲエの要素を取り入れて独自の音楽を作り出していたワイルド・バンチ(ネリー・フーパーも在籍)から派生、90年にデビューを果たしたマッシヴ・アタックは、現在に至るまでクラブ・シーンとロック・シーンの両方を刺激し続けている。知性と官能性を兼ね備えたそのサウンドは後進に強い影響を与え、「トリップ・ホップ」という言葉を生み出すまでになった。95年にはアルバム1枚を丸ごとマッド・プロフェッサーにダブ・ミックスさせたが、自分たちもほかのアーティストのリミックスを数多く手掛けている】

(山下紫陽、クロスビート2001年1月号より)

2005年05月12日

BECK



●ディスコグラフィー

  MELLOW GOLD (1994)
  ODELAY (1996)
  MUTATIONS (1998)
  MIDNIGHT VULTURES (1999)
  SHE CHANGE (2002)
  GUERO (2005)


 「僕はとにかく誰もやってないことをやってみたいんだ。これは僕の本能と言っていいだろうね。どうして自分がこういうアプローチをするようになったのかはわからないけど、多分、そこには理由なんて存在していないんじゃないかな。とにかく自然に、自分の感じるままにやることが一番さ。要するに“癖”と同じなんだよ」


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【誰も踏み込んだことのない領域へ果敢に挑んでいった革新性。時の流れに決して錆び付かない歌の普遍性。フワフワ浮かぶように軽やかで、鋭利なセンスを見せつける存在感。その全てで圧倒したベックは、20世紀最後の奇跡である。逆に言えば、全てのスタイルが出尽くした90年代には、これだけ過激な包容力がなければ、時代を切り裂くことなんて絶対に不可能だったはずだ。ヒップホップ、ブルース、パンクというジャンルの垣根やメジャー/インディの方法論等、あらゆる角度から壁を叩き壊した後、真っさらになった地平の向こう側に新しい一歩があることを世界に突きつける。ベックの掲げた音楽の未来のキーワードは、昔と何ら変わらない「エモーショナル」。この言葉の重みをわかってるからこそ、人間とテクノロジーの境界線を撃ち抜くテロリスト、ベックの灯した希望の光はいつだって眩しいのだ。来日密着、LAの自宅訪問、スタジオ直撃取材と何かと縁の深いクロスビートでも前人未到のリーダーズ・ポール4年連続1位を奪取】

 (大谷英之、クロスビート2001年1月号より)



    

    ジュリアン パラシオス, Julian Palacios, 山本 安見

    BECK ベック


2005年04月21日

DINASOUR Jr.



●メンバー:

  J・マスシス(vo,g)
  ルウ・バーロウ(b)
  マーフ(ds)


●ディスコグラフィー

  DINASOUR
  YOU'RE LIVING ALL OVER ME (1987)
  BUG (1988)
  GREEN MIND (1991)
  WHERE YOU BEEN (1993)
  WITHOUT A SOUND (1994)
  HAND IT OVER (1997)


「1枚目のときは客なんか全く入ってなくて、いても凄い反感を買ってた。やたら、ラウドだったってことでね。うるさすぎるって、色んなクラブから出入り禁止にされたよ」(J・マスシス)


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【疾走感と刺激が決定的に不足していた80年代後半のロック・シーン。そんな退屈な空間を爆音ギターで切り裂き、脳が弛緩してしまいそうな鼻歌ポップを乗せて、ダイナソーJr.は登場した。ハード・ロックとハードコアを撹拌し、J・マスシスは大音量のロックを引き戻したのだ。しかも、無自覚なままで。自分の手癖だけで弾きまくるJの奔放なギタースタイルは、その後世界中のバンドマンを触発し、数多くのフォロワーを生んだ。今思えば、ダイナソーの(文字通りの)暴れっぷりは、ソニック・ユースやピクシーズと並んで、次なる胎動の予感だった。そうした意味でも、ニルヴァーナよりも一足早く「時代の転換」を促した重要なバンドの一つ。】

(小口正貴、クロスビート2001年1月号より)

2005年04月17日

PRIMAL SCREAM



●メンバー:

  ボビー・ギレスピー(vo.)
  アンドリュー・イネス(g.)
  ロバート“スロブ”ヤング(g.)
  マーティン・ダフィー(key.)
  ゲイリー“マニ”モーンフィールド(b.)


●ディスコグラフィー

  SONIC FLOWER GROOVE (1987)
  PRIMAL SCREAM (1989)
  SCREAMADELICA (1991)
  GIVE OUT BUT DON’T GIVE UP (1994)
  VANISHING POINT (1997)
  XTRMINTR (2000)
  EVIL HEAT (2002)


 「ロックってのは、普通の世界じゃ居場所が見つけられないアウトサイダー達に自己表現する場を提供してくれるものだ」「音楽がどれほど人々の心に刺激と癒しを与えられるか、俺は証明したいんだ」(ボビー・ギレスピー)


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 【その瞬間における自己の創造性と好みとを追求して、作品毎に音楽スタイルを奔放に変化させてきたプライマル・スクリーム。サイケ・ギター・ポップのデビュー作は、日本のネオアコ・シーンにも影響を与えた。その後2ndのガレージ・パンクを経て、マッドチェスターの時代性を消化したアシッド・ハウス/テクノの90’sレイヴと70’sロックの融合である3ndは、多くの他アーティスト達をも触発。だが続く4作目では、周囲の期待を見事に裏切ったレトロ感あるファンキーなロックンロールへ方向転換した。そして次なるバンド内流行は5作目のダブへと向かい、マニの加入によりさらに野放図と化したグルーヴ全開の6thでは、これまでの全ての様式を呑み込んだ上に新要素を注入、激情を音に変換した。一見無節操な彼らの柔軟性と雑食性、音楽に対する貪欲で真摯な情熱と愛情に基づいている。変容を重ねながら、常に自らの純粋な感覚とパンク精神に基づく“正義”とをアートに昇華し、それが結果としてシーンを刺激する稀有なバンドだ。】

 (今井スミ、クロスビート2001年1月号より)

2005年04月16日

BEASTIE BOYS



●メンバー:

  マイクD(Rap,drums)
  キング・アドロック(Rap,Guitar)
  MCA(Rap,bass)


●ディスコグラフィー

  LICENSED TO ILL (1986)
  PAUL’S BOUTIQUE (1989)
  CHECK YOUR HEAD (1992)
  ILL COMMUNICATION (1994)
  HELLO NASTY (1998)
  TO THE 5 BOROUGHS (2004)


 「いつもいつも徹底的にバカばっかりやってるわけにはいかない。けど四六時中シリアスなことばっかりやってるってのも、人生楽しんでないみたいで嫌んなっちゃうだろ。だからその両方をバランスよく兼ね備えてるってのはすごく大事なことだと思うんだ。楽しむってことと、やる時ゃやるってのを両立させることはね」(MCA)


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 【ハードコア・パンク・バンド出身の彼らがデフ・ジャムからデビューした時は、初めて登場した白人ラップ・グループということもあり大きな注目を集めた。当時は珍しかったロック名曲のサンプリングと下らなさ満点のリリックはロック・ファンの耳も引きつけ、ジャンルの垣根を取り去るきっかけを作り出す。94年にLAで自らのレーベル、グランド・ロイヤルを設立。ストリート・シーンとリンクしながら多岐に亘る活動を展開し、次第にオルタナティヴ・カルチャーの先導者となっていく。生楽器とサンプリングやループを上手く使いこなしながらラテン音楽やジャズなどの要素も貪欲に取り入れる手腕は幅広い層からリスペクトを受ける。チベタン・フリーダム・コンサートの主旨に賛同し出演するアーティストが多いのも、彼らがクールであり続けているからこそ。グランド・ロイヤルからはルシャス・ジャクソン、ショーン・レノン、アット・ザ・ドライヴ・インなどが作品をリリースする一方、雑誌やアパレル商品も出している。】

 (山下紫陽、クロスビート2001年1月号より)

2005年04月13日

oasis



●メンバー:

  リアム・ギャラガー(vo)
  ノエル・ギャラガー(g,vo)
  ポール“ボーンヘッド”アーサーズ(g)(1999年脱退、後任はゲム・アーチャー)
  ポール“ギグジー”マクギガン(b)(1999年脱退、後任はアンディ・ベル)
  アラン・ホワイト(ds)(前任者トニー・マッキャロルを解雇し、1995年加入)


●ディスコグラフィー

  DEFINITELY MAYBE (1994)
  (WHAT’S THE STORY) MORNING GLORY ? (1995)
  BE HERE NOW (1997)
  STANDING ON THE SHOULDER OF GIANTS (2000)
  HEATHEN CHEMISTRY (2002)


 「MORNING GLORY」までで終わってしまったバンド。それが私の彼らに対する評価。
 はじめて「MORNING GLORY」を聴いたときには鳥肌が立った。当時高校2年生。まだ洋楽を聴き始めたばかりだった。クラス一の洋楽ロックマニアだった友人が「カッコイイよ、聴いてみなよ」と貸してくれた(彼はほかにも、ニルヴァーナやパール・ジャムやナイン・インチ・ネイルズといったグランジ/オルタナ系のバンドをいくつも私に紹介してくれた、いま考えれば大恩人)。
 たとえば「Wonderwall」なんかはほとんど奇蹟だ。「WAR」や「THE STONE ROSES」のように名盤と呼ばれるものだけが持つ独特の空気感をともなうアルバム。大満足だった。

 それだけに期待を持って買った次のアルバム「BE HERE NOW」には大いに落胆させられた。
 本国では評論家たちが絶賛したらしいが、どこが? という感じ。「MORNING GLORY」の評価を見誤ったことに対する反動だろう。ある程度のクオリティに達しているのは3、4曲しかないこの作品と、おそらくロック史上に燦然と輝くだろう前作とを比べるほうが愚かしい。

 オアシスはメロディで聴かせるバンドである。にもかかわらずそれがほとんどない。さらに「Wonderwall」が持っていたような空気感もない。「基本的にはへヴィ・ロック・アルバムなんだ」とノエルが言うわりには、どうしようもなく音がスカスカである。ただ、ディストーションをかけただけというような安易な音だ。

 つまりメロディもサウンドもクソみたいアルバム。のちにノエル自身が駄作と評するまでもなく、まぎれもない駄作である(私は出たときにすでに駄作と気づいていたが)。もしこのアルバムを良いと思ったあなた、自分の耳を疑ったほうがいい。日本盤の宮嵜広司によるライナー・ノーツは笑える。『「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」を凌ぐとも劣らないノエルのバラッド「マジック・パイ」をはさみ』だってさ。アンタの耳大丈夫?(笑) どこが「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」を凌ぐとも劣らないんだよ。完全に劣ってるだろが。
 
 とはいうものの、すべてが悪いわけではない。「Don’t Go Away」のサビには泣かされた。この泣きのメロディこそノエルの真骨頂である。シングルにもなった「Stand By Me」「Don’t Go Away」「All Around The World」あたりは水準に達しているし、いまでもよく聴く曲である。これぞオアシス、これぞノエル、と呼べるすばらしい楽曲たちだ。しかし、アルバム一枚を通してはとてもじゃないが聴けない。あとはすべて棄て曲。聴く価値なし。1曲目から「D’You Know What I Mean ?」というひどく退屈な曲を7分も聴かされたんじゃたまったもんではない。
 
 と、ほとんど「BE HERE NOW」がいかに駄作かという半ば愚痴のようなものになってしまったが、当然ながらオアシスがまるっきりダメなバンドというわけではない。「(WHAT’S THE STORY) MORNING GLORY ?」は名盤である。この歴史的作品を生み出しただけでもオアシスの存在意義はあった。


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 【シンプルで美しく、しかもダイレクトかつ愚直なまでに胸を打つ曲を生むソングライターと、そこに魂を吹き込む倣岸不遜な天才ヴォーカリスト。マンチェスターの労働者階級に生まれ、一歩間違えれば単なるチンピラだったかもしれないこの兄弟がタッグを組んだ時、様々な記録を塗り替えロック史に名前を残す、90年代のイギリス最大のバンドが誕生した。
 その普遍的なメロディで大観衆を歌わせる起爆力は、他に比するものがないほどの熱さを生む。ビートルズを目指し、崇め、とはいえロックの先達の心意気を「継ぐ者」として、自身を位置づける。音楽そのものへの真摯な情熱に加え、この裏表のない謙虚な一本気さも、彼らの魅力だ。しかも、世界一のバンドになってなお、兄弟ゲンカという唯一の理由で解散危機を生み続けるという意味でも、他に比するものがない。しかも、彼らと同系統のサウンドを生むバンドすら、同時代にはよく考えたら存在しない。やはり、このバンドは際立っている。】

 (妹沢奈美、クロスビート2001年1月号より)


NINE INCH NAILS



●ディスコグラフィー

  PRETTY HATE MACHINE (1989)
  BROKEN (1992)
  THE DOWNWARD SPIRAL (1994)
  THE FRAGILE (1999)
  WITH TEETH (2005)


 「ぼくは以前インダストリアルが大好きだった。リヴォルティング・コックス、フロント242、ニッツァー・エブ、ミニストリー、スキニー・パピー……でも自分のレコードを出したとき、ぼくの中から出てきた音楽は彼らほど純粋じゃなくて、いろんな要素の融合でできあがったものだって気づいたんだ」


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 【初期はエレクトロニク・ボディ〜インダストリアルの影響下から脱しきれていなかったトレント・レズナーことナイン・インチ・ネイルズは、セカンド・ミニ・アルバムの「ブロークン」で、一気に独自のポジションを獲得した。他の多くのインダストリアル一派が単純なフラストレーションと暴力衝動の発散に終始するのに対して、NINの音楽はむしろ内省的であり、とことん攻撃的で破壊的な音響構築でありながら弱々しく神経質で自虐的だ。彼らの攻撃性の矛先は他者ではなく、聴き手自身の内面に向かっていく。そこに感じられるのは、アメリカ社会のマッチョな価値観やオプティミズムになじめず、幼いころから違和感や疎外感を持ち続けてきた世代の孤独と劣等感であり、暗い部屋にひとり閉じこめられた子供のような剥き出しの激情とルサンチマン渦巻く屈折した内面世界である。
 静と動を劇的に往還するサウンドのクールでモダンな音響構築は、まさにプログレッシヴ。あらゆる点で現代ロック状況の最前線をいく天才である。】

 (小野寺大、クロスビート2001年1月号より)

2005年04月11日

BUCK-TICK



●メンバー:

  櫻井敦司(vo)
  今井寿(g,vo)
  星野英彦(g)
  樋口豊(b)
  ヤガミトール(ds)


●ディスコグラフィー

  HURRY UP MODE (1987)
  SEXUAL×××××! (1987)
  ROMANESQUE (1988)
  SEVENTH HEAVEN (1988)
  TABOO (1989)
  悪の華 (1990)
  狂った太陽 (1991)
  darker than darkness‐style93‐(1993)
  Six/Nine (1995)
  COSMOS (1996)
  SEXY STREAM LINER (1997)
  ONE LIFE, ONE DEATH (2000)
  極東 I LOVE YOU (2002)
  Mona Lisa OVERDRIVE (2003)
  十三階は月光 (2005)


  BUCK-TICK WEB SITE

Bjork



●ディスコグラフィー

  DEBUT (1993)
  POST (1995)
  HOMOGENIC (1997)
  SELMA SONGS (2000)
  VESPERTINE (2001)
  MEDULLA (2004)


 「私はいっぺんに全部やりたい。賢くて、バカで、怒ってて、優しくて、昔っぽくて、子供っぽくて、世間知らずで、経験豊かで、ハッピーで、メランコリックで……」
 「人生における本当のチャレンジは、同類である人間とコミュニケイトする術を学ぶこと。日々みんなが私の命を救ってくれて、私も同じくみんなにそうしてあげてるの」



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 【60年代、ジャニス・ジョプリン。70年代、パティ・スミス。80年代、マドンナ。そして90年代は、ビョーク。各年代を代表する女性アーティストを挙げてみると、こうなるだろうか。それぞれに共通するのは、何物にも縛られない自由なスタンス。現実に甘んじない意識。しかしジャニスは麻薬に負け、パティは長い休みを取り、マドンナはスリルを失って落ち着きつつあるようだ。
 ビョークには立ち止まって休む暇などないのだろうか。子供の頃に歌手としてデビューして以来、彼女は常に前進し続けてきた。しかも、常軌を逸したエネルギーとヴァイタリティを持って。音楽を作り出し、映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』に出て、そして子育ても。あの声と、いつも新しい何かに興奮していたい本能があれば、ビョークの高速回転は止まらない。映画に拘束されたことによって、これまで以上に高まっている音楽への思い。21世紀最初の夏に予定されている新作でも、彼女は再び期待を裏切りながら期待に応えてくれるだろう。】

 (播磨秀史、クロスビート2001年1月号より)



    

    イアン・ギティンス, 中山 啓子

    ビョークの世界



2005年03月17日

RAGE AGAINST THE MACHINE



●メンバー:

  ザック・デ・ラ・ロッチャ(vo)
  トム・モレロ(g)
  ティム(b)
  ブラッド・ウィルク(ds)


●ディスコグラフィー

  RAGE AGAINST THE MACHINE (1992)
  EVIL EMPIRE (1995)
  BATTLE OF LOSANGELS (1999)


 「レイジがパブリック・エネミーやクラッシュと共通して持っている要素の一つは、政治的な内容とは関係なく、音楽それ自体の中に力があり、内面に対しても外に向かってもとてもパワフルだってことだ。人々はそのパワーに惹きつけられて、それまで一度も触れる機会のなかったような見解や社会問題に晒されるのさ」(トム・モレロ)


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 【「燃える僧侶」の写真をジャケに使用したデビュー・アルバムの衝撃は凄いものだった。ヒップホップとパンク、ハード・ロックからの影響を見事に融合したサウンド。資本主義社会の問題点を鋭く突いた、怒りに満ちた歌詞。そのアグレッシヴなスタイルは、その後数えきれないほど登場するミクスチャー・ラップ・ロックの先駆けとなった。ザック・デ・ラ・ロッチャは「いかにしてメッセージを強力に叩き付けるか」を、トム・モレロは「いかにして一本のエレキ・ギターの可能性を広げるか」を追求し続け、そのストイックな姿勢のもとでレイジはライヴで何万人もの観客を飛び跳ねさせることと、社会問題に関心を持たせることの両方を実現。人権擁護運動にも熱心に取り組み、ムミア・アブ・ジャマルの冤罪を訴えたライヴを主催したり、途上国で不法に低賃金労働をさせる企業に対し不買運動を展開したりしてきた。バンドを離れ一人のラッパーとして勝負するザックと、フロントマンなき後の三人、それぞれの動向が注目されるところ。】

 (山下紫陽、クロスビート2001年1月号)

2005年03月09日

R.E.M.



●メンバー:

  マイケル・スタイプ(vo)
  ピーター・バック(g)
  マイク・ミルズ(b)
  ビル・ベリー(ds)(98年に脱退)


●ディスコグラフィー

  CHRONIC TOWN (1982)
  MURMUR (1983)
  RECKONING (1984)
  FABLES OF THE RECONSTRUCTION (1985)
  LIFES RICH PAGEANT (1986)
  DOCUMENT (1987)
  GREEN (1988)
  OUT OF TIME (1991)
  AUTOMATIC FOR THE PEOPLE (1992)
  MONSTER (1994)
  NEW ADVETURES IN HI-FI (1996)
  UP (1998)
  REVEAL (2001)
  AROUND THE SUN (2004)


 「僕たちは今でも音楽ファンなんだよ。ファンとしてロックンロールの歴史を十分見てきたから、うすっぺらくて傲慢な態度をとるとどんなことになるか、よくわかってる。『世界なんてクソだ』って言ってデビューした時のガンズ・アンド・ロゼズは僕も好きだった。でも、そんな彼らがどうなった?」(マイケル・スタイプ)

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 【80年代の米国で「最もヒップなバンド」と呼ばれ、今も「最も重要なバンド」であり続けている。その理由の一つは彼らの成長過程にある。ポスト・パンクのガレージ・バンドとして南部から登場。インディーズから作品を発表し、カレッジ・チャートで人気を蓄え、世界的なバンドへと成長した。MTVに象徴されるヒット・チャートとは対照的なCMJの重要性を印象づけ、メインストリームに対するオルタナティヴ・ロックが登場する突破口を開いたとも言えよう。パンク・ロックから継承したエネルギーやDIY精神はオルタナティヴなフォロワーたちの理想となり、励ましともなった。90年前後の代表作はフォーキーな楽器を生かしたアコースティク・サウンドと孤独な魂の深淵を覗き込むような歌を聴かせ、マイケル・スタイプは「X世代」の代弁者とも言われた。環境保護、ホームレス問題、大統領選など政治的・社会的発言も目立ち、チベタン・フリーダム等チャリティ・コンサート隆盛の礎を築いた。U2と似ている点もあるが、R.E.M.はより自然体である。】

 (山本昭彦、クロスビート2001年1月号)

2005年03月08日

MY BLOODY VALENTINE



●メンバー:

  ケヴィン・シールズ(g, vo)
  ビリンダ・ブッチャー(g, vo)
  デビー・グッギ(b)
  コルム・オウキオソイグ(ds)


●ディスコグラフィー

  THIS IS YOUR BLOODY VALENTINE (1985)
  ISN’T ANYTHING (1988)
  LOVELESS (1991)


 「ホワイト・ノイズは、ある人にとっては催眠的で有機的だけど、全く受けつけない人もいる。僕にとってそれは完全な実験作業であり、くつろぎなんだ」(ケヴィン・シールズ)


 マイブラである。
 多重録音による凄まじい音の壁。たまんない♪
 甘いメロディー。たまんない♪
 「ドラムンベースでアルバム一枚作ったが気に入らないのでボツにした」。たまんない♪ いや、たまんなくない。出せよ! 聴きてーよ!
 唯一無二のギター・バンド。ケヴィン・シールズの才能。
 ジーザス&メリーチェインとともに、ノイズの気持ちよさを教えてくれた。
 「ラヴレス」が評価されて次のアルバム作りがプレッシャーになったのかもしれないけど、ファンとしてはもっと音源を聴きたかった。お約束なサウンドだとしても許されると思うんだけどな。それくらい際立った存在だった。残念。


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 【浮遊感漂う耽美的メロディと、フィードバック・ノイズの轟音サウンドによる爆発的エネルギーという相反する要素をひとつの形にまとめた彼等のスタイルは、まさにセンセーショナルであった。オアシスを輩出したクリエイションの看板バンドとして活躍し、特に91年に発表した「ラヴレス」で多重録音によるサイケデリックな分厚いギター・サウンドは頂点を極め、後続のギター・バンド達に大きな影響を及ぼしたのだった。また、ギターのみならずヴォーカルにも歌詞が聞き取れないほどに強烈なリヴァーヴをきかせる他、足元を見つめたまま30分にも及ぶホワイト・ノイズを鳴らし続けるパフォーマンスは、“シューゲイジング”という言葉で評されもした。】

 (喜代門竜之介、クロスビート2001年1月号)

2005年02月26日

JOY DIVISION



●メンバー:

  イアン・カーティス (vo)
  バーナード・サムナー (g)
  ピーター・フック(b)
  スティーブン・モリス(ds)


●ディスコグラフィー

  UNKNOWN PLESURES (1979)
  CLOSER (1980)


 「俺はジョイ・ディヴィジョンの持ってた暗闇が凄く好きだった」(ピーター・フック)

 「僕らはイアンが自殺したという事実に打ちのめされたんだ。とても耐えられないほどの苦痛だった。個人的なショックがあまりにも大きくて、バンドがどうなるかってことはどうでもよかったね」(バーナード・サムナー)


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 【もともとピストルズのライヴ体験に触発されて結成されたこのバンドは、ポスト・パンクの象徴でありつつ異端児でもある。当時の英国の社会的背景に端を発したフラストレーション、閉塞感、絶望感といったネガティヴな感情。それ単に直情的に発散させるのではなく。冷静かつ内省的に咀嚼して言葉を絞り、シンセサイザーを取り入れてディスコ・ビートのメカニカルな突き放したようなサウンドに重ねたのである。結果はあまりにも有機的で、聴き手は心の平穏を乱され、それぞれの闇に向き合うことを余儀なくされるのだ。たった3年余りの活動期間に彼らとプロデューサーのマーティン・ハネット(そしてデザインを手掛けたピーター・サヴィル)が完成させた2枚のアルバムは、その暗鬱な頽廃の中にイアン・カーティスの覚醒しきった自意識、社会への挑戦的な意志が窺える。
イアンの死で唐突に命を断たれた彼らの影は今も広くロックを覆っている。英国に限らず米オルタナ/インダストリアル勢にも多大な影響を及ぼした。】

 (新谷洋子、クロスビート2001年1月号より)

RED HOT CHILI PEPPERS

●メンバー:

  アンソニー・キーディス(vo)
  ジョン・フルシアンテ(g)
  フリー(b)
  チャド・スミス(ds)


●ディスコグラフィー

  RED HOT CHILI PEPPERS (1984)
  FREAKY STYLEY (1985)
  THE UPLIFT MOFO PARTY PLAN (1987)
  MOTHER’S MILK (1989)
  BLOOD SUGAR SEX MAGIK (1991)
  ONE HOT MINUTE (1995)
  CALIFORNICATION (1999)
  BY THE WAY (2002)


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 【80年代前半からロックとファンクをミックス、ラップ・スタイルも取り入れて西海岸的なミクスチャー・サウンドを誰よりも早くから作り上げてきた彼ら。アンディ・ギル→ジョージ・クリントン→マイケル・ベインホーン→リック・ルービンとプロデューサーは変遷するも、グルーヴィでぶっとい根元は変わらず。初代ギタリストのヒレル・スロヴァクがヘロインのオーヴァードースで死亡したり、ジョン・フルシャンテが脱退→再加入したりとトラブルの多いバンドながら、最終的に残ったアンソニー、フリー、チャド、ジョンという4人の「男の友情」の濃度、そしてそれが生み出すパワーは計り知れない。マッチョなのに超繊細、ぶっ飛んでるのに知的、相反する要素をスーパーナチュラルに飲み込んでしまうさまは奇跡的でもある。結成から20年、人種を問わず愛されてきたレッド・ホット・チリ・ペッパーズは真の意味でアメリカ最強のバンドと言えるかもしれない。】

 (山下紫陽、クロスビート2001年1月号)

TELEVISION


●メンバー:

  トム・ヴァーライン(vo,g)
  リチャード・ロイド(g)
  フレッド・スミス(b)
  ビリー・フィッカ(ds)


●ディスコグラフィー

  MARQUEE MOON (1977)
  ADVENTURE (1978)
  TELEVISION (1992)


 「僕らを賞賛するのはエコバニやU2だけじゃなく、若い世代にまで及んでいるよ。(ソニック・ユースなどの)第二世代までインスパイアしてるわけさ」(トム・ヴァーライン)
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 【ニューヨーク・パンクの「パンク精神」は、音楽的にみれば、ロンドン・パンクのそれより広範囲に現在に受け継がれているかもしれない。他人とは絶対的に違う何か、それを音楽という武器で表現したい‐‐テレヴィジョンが奏でる官能的なギター・ミュージックが四半世紀近く経った今も色褪せないのは、その気持ちが前面に現われているから。“マーキー・ムーン”に代表される、エクスペリメンタルでドラマチックなギターやリズムの掛け合いは、後続に多くの影響と新たなヒントを与えた。但し、このひりつくような感覚だけは未だに誰も越えられない。70年代のニューヨークでしか生み出し得なかった結晶が、当時の盤には刻まれている。】

 (小口正貴、クロスビート2001年1月号)

THE STONE ROSES



●メンバー:

  イアン・ブラウン(vo)
  ジョン・スクワイア(g)
  マニ(b)
  レニ(ds)


●ディスコグラフィー

  THE STONE ROSES (1989)
  SECOND COMING (1994)


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 【ストーン・ローゼズの登場によって、サウンド的にもメンタル面でも、それまでの「ロック」という概念は大きく変化した。当時の潮流だったアシッド・ハウスなど、ダンスに根差した肉体的躍動感をグルーヴに持ちつつ、プレイヤーとしても高く評価されていたジョン・スクワイアの手によって60、70年代のギター・ロック・サウンドが華やかに響き渡る。しかも、そこで単純にレトロな方向に陥らなかったのは、あくまで詩的で美しいメロディが主軸になっていたから。イアン・ブラウンの浮遊する歌声、レニのしなやかなドラム、マニの笑顔溢れるファンキーなベースなど、4人の個性が起こした化学反応も、彼らの存在を特別なものにしていた。その一方で、彼らは従来のロック・スターというアイコンを否定し、「主役はオーディエンスだ」と明言することでリスナーや、後に続く多くのミュージシャンの意識にも多大な影響を及ぼした。1stのサウンドの衝撃も今なお鮮明で、奇跡的な存在感を放ちつづけている。】

 (妹沢奈美、クロスビート2001年1月号)

THE CLASH



●メンバー:

  ジョー・ストラマー(vo,g)
  ミック・ジョーンズ(g)
  ポール・シムノン(b)
  トッパー・ヒードン(ds)

 
●ディスコグラフィー

  THE CLASH (1977)
  GIVE’ EM ENOUGH ROPE (1978)
  LONDON CALLING (1979)
  SANDINISTA!(1980)
  COMBAT ROCK (1982)
  CUT THE CRAP (1985)


 「僕達が“政治的”なのは、いつもラヴ・ソングばかり歌ってるわけじゃないって意味で、「社会主義労働者」紙を購読してると思ってるなら誤解だ」(ジョー・ストラマー)
 
 「今やパンクとは“ジッパーだらけの服を着て平坦に早くプレイすること”。パンクさえもが予め用意された型にはまれば済むものとは思いたくない」(ミック・ジョーンズ)

 
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 【ピストルズのライヴに衝撃を受けたジョー・ストラマーが、フロントマンを探していたミック・ジョーンズ&ポール・シムノンと出逢ったのが始まり。ピストルズが体制への虚無的なアンチを体現するイメージを持つ一方で、クラッシュは反ファシズム、反暴力、反人種差別等のリアルな問題提起を行うことにより人々の覚醒を促した。それは例えば後のU2やレイジらの政治的活動の精神的な範に繋がっている。またパンクの初期衝動を音に叩き付けた1作目以降、彼らの音楽世界はその狭い枠組みに囚われることなく、R&B、ロカビリー、ジャズ、レゲエ〜ダブを取り入れるなど飽くなき冒険心を以って拡大。80年代初頭にダンス・ビートをロックに導入した先駆性も含め、より普遍的かつ型破りな“ロック・バンド”へと発展を遂げた。政治/社会的メッセージを織り込みながらも詩情溢れるジョーの歌詞と熱い叫び、またミック独特のポップなメロとギター・ワークは、現在に至るまでその影響を随所に受けたバンドを数多く生んでいる。】

(今井スミ、クロスビート2001年1月号)

2005年02月06日

THE BEATLES



●メンバー:

  ジョン・レノン(g, vo)
  ポール・マッカートニー(b, vo)
  ジョージ・ハリスン(g, vo)
  リンゴ・スター(ds, vo)


●ディスコグラフィー

  PLEASE PLEASE ME (1963)
  WITH THE BEATLES (1963)
  A HARD DAYS NIGHT (1964)
  BEATLES FOR SALE (1964)
  HELP! (1965)
  RUBBER SOUL (1965)
  REVOLVER (1966)
  SGT. PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND (1967)
  MAGICAL MYSTERY TOUR (1967)
  THE BEATLES (1968)
  YELLOW SUBMARINE (1969)
  ABBEY ROAD (1969)
  LET IT BE (1970)


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【ビートルズには20世紀のすべてがあった。ハンブルクで鍛え上げたライヴ・バンドとしての荒々しさ。カヴァー曲にみられる過去の音楽に対する深い愛着。初期の自作曲が放つ輝くばかりの若々しさ。大人たちをうならせた記者会見での機知に富んだ受け答え。全世界の観客を魅了した最初の映画出演作。既存のポップ音楽の枠組みの中でも高度な表現ができることを示した中期の楽曲。その枠組みから踏み出して新しい世界を切り開いた意欲。原始的とすらいえる機材を使いながら、それまでとはまったく異なる音をめざしたスタジオでの実験。本格的なコンセプト作を成功させた構築力。破綻を恐れずに巨大な自画像をそのまま提示した大作の大胆さ。迷ったときに確かなところまで戻ろうとした原点への回帰。新しい人生と夢の終わり。自分たちの力で有終の美を飾った決別の宣言。そして、同時代とその後の世界に及ぼしたとてつもない影響力。20世紀を語るとき、ビートルズをどれほど評価しても、決して評価し過ぎるということはない。】

 (広瀬融、クロスビート、2001年1月号)

2005年02月01日

SEX PISTOLS



●メンバー:

  ジョニー・ロットン(vo)
  スティーヴ・ジョーンズ(g)
  グレン・マトロック(b)(後にシド・ヴィシャスと交替)
  ポール・クック(ds)


●バイオグラフィー

 1973・74年 スティーヴとポール、そしてウォリー・ナイチンゲール(ギター)が遊び的にやっていたバンド、スワンカーズに後に正式マネージャーになるマルコム・マクラーレンのブティックで働いていたグレン・マトロックが参加。
 1975年8月 ウォリーがバンドを首になり新ヴォーカリストとしてジョニー・ロットンが参加。それにともないバンド名もセックス・ピストルズと改めた。
 1975年11月 ロンドンにあるセント・マーティンズ美術学校で初ライヴ。
 1976年9月 ロンドンの100クラブでセックス・ピストルズを中心にしたパンク・フェスティバルが行われた。クラッシュやダムドなどが出演。
 1976年10月 EMIと契約。
 1976年11月 デビュー・シングル「アナーキー・イン・ザ・UK」
 1976年12月 テレビ番組「トゥデイ」に出演し社会的不適切言葉を連発し大問題となる。
 1977年1月 「アナーキー・イン・ザ・UK」のプレスが中止された後、EMIとの契約も解除された。
 1977年2月 グレン・マトロックがバンドを脱退。新べーシストはジョニー・ロットンの友人シド・ヴィシャスに決定。
 1977年3月 A&Mと契約するがバンドのあまりにも無軌道な振るまい主原因となり、わずか10日程で契約が解消された。よって予定され既にプレスされていたセカンド・シングル「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」は廃棄処分となった。
 1977年5月 ヴァージンと契約。直ちに「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」が発売されチャートの2位まで上昇する大ヒットになった。が、チャート操作が行われなければ1位になる筈であった。というのは、この曲はBBCを始めいくつかの放送局で放送禁止となったが、チャートの1位になると自動的にBBCのテレビ番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」に出演することになるからであった。
 1977年10月 デビュー・アルバム『勝手にしやがれ!!』を発表。予約だけで12万枚以上を集め、発表と同時にゴールド・ディスクに認定された。チャート・アクションはもちろん堂々のNo.1であった。
 1978年1月 初のアメリカ・ツアーをアトランタから始める。最終公演地であるサンフランシスコのウィンターランドの5000人分のチケットがわずか1日で売り切れる人気ぶりを見せたが、ツアー全体を通した演奏、メンバー間のコミュニケーションは冴えないものであった。セックス・ピストルズの崩壊は目前に迫っていた。14日のウィンターランドでのライヴを終えた3日後、17日にジョニー・ロットンはバンドからの脱退を表明した。それと同時にセックス・ピストルズは実質的に消えたのであった。
 
(「勝手にしやがれ!!」99年3月発売のCD・ライナーノーツ(森脇美貴夫)より抜粋、一部改変)


●ディスコグラフィー

  NEVER MIND THE BOLLOCKS(邦題:勝手にしやがれ!!)(1977)

 
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 【肥大した産業に組み込まれた旧来型ロックが、権力からの抑圧や不況による不安で閉塞状態の日常を生きる若者にとって現実感を失っていた75〜76年の英国。テク不問の表現衝動だけで破壊的な音を鳴らす彼らのシーンへの登場は、まず強烈な嫌悪と(一部の)感嘆という両極端で迎えられた。王室や宗教など既存の価値観や権威に唾を吐き、その偽善と矛盾を暴く前代未聞の過激な姿勢と、規制のルールによる制約を受けない攻撃的なサウンドは、未来への希望を持てない虚無的なキッズ達の欲求不満の捌け口、且つ代弁として支持を得た。また「自分にも出来る!」と触発された多くの若者達が楽器を手にし、パンク・ムーヴメントは一大社会現象として全英を席巻する。そしてロックは”豊かな資金と技術のある一握りのアーティスト”達の手から、ストリートへと取り戻された。ムーヴメント自体は彼らの解散以後急速に瓦解したが、そのDIY精神と革新的気概は、後のあらゆるクリエイティヴな音楽の礎となった。】

 (今井スミ、クロスビート2001年1月号より)

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