2005年02月02日

シリア戦。


 攻撃に関してはとくに言うことはないな。
 カザフスタン戦に引き続いて連携のよさは目を見張る。
 問題は守備。カウンターくらいすぎ。北朝鮮に足元をすくわれる可能性がないわけではない。

 金田、水沼両氏が言っていたことに賛成だ。海外組はベンチ、という選択肢。私もこの2試合を見て、チームの完成度の高さに驚いた。アジアレベルではこれで問題ないと思う。
 ただジーコは海外組を先発で使う気がする。これまでの流れから。
 その際、絶対にやってはいけないのは高原・鈴木の2トップ。高原・玉田あるいは鈴木・玉田で行くべきだ。
 また、高原あるいは鈴木をベンチにに置いておけば、たとえば後半残り15分で負けているときにパワープレーとして高さのある選手を使える。

 トップ下は中村か小笠原か、については中村になるのかな。
 小笠原、とてもいいんです。今日はゴールも決めました。惜しむらくは、相手がひとり少ない状態、4バックのときでなければなおよかった。トップ下という厳しいポジションの中で点を決めてほしい。
 アレックス、加地と両サイドが調子良いので中村で問題ない気がします。なにより彼にはフリーキックという武器があるし。内容より結果を求める場合には中村になるかもしれない。

 鈴木のゴールは良かった。私、鈴木大嫌いなんだけどね(笑)。
 いや、クロスからのゴールっていう久しぶりに見た気がする。ああいう攻撃だよね。左右に振って攻撃して、点が取れたことはとても意味がある。

 問題ないね、北朝鮮戦。
 あとは選手がプレッシャーを克服できるかだな。北朝鮮という、グループでいちばん弱い相手に取りこぼしは許されないから。

posted by rino at 22:03| Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月01日

SEX PISTOLS



●メンバー:

  ジョニー・ロットン(vo)
  スティーヴ・ジョーンズ(g)
  グレン・マトロック(b)(後にシド・ヴィシャスと交替)
  ポール・クック(ds)


●バイオグラフィー

 1973・74年 スティーヴとポール、そしてウォリー・ナイチンゲール(ギター)が遊び的にやっていたバンド、スワンカーズに後に正式マネージャーになるマルコム・マクラーレンのブティックで働いていたグレン・マトロックが参加。
 1975年8月 ウォリーがバンドを首になり新ヴォーカリストとしてジョニー・ロットンが参加。それにともないバンド名もセックス・ピストルズと改めた。
 1975年11月 ロンドンにあるセント・マーティンズ美術学校で初ライヴ。
 1976年9月 ロンドンの100クラブでセックス・ピストルズを中心にしたパンク・フェスティバルが行われた。クラッシュやダムドなどが出演。
 1976年10月 EMIと契約。
 1976年11月 デビュー・シングル「アナーキー・イン・ザ・UK」
 1976年12月 テレビ番組「トゥデイ」に出演し社会的不適切言葉を連発し大問題となる。
 1977年1月 「アナーキー・イン・ザ・UK」のプレスが中止された後、EMIとの契約も解除された。
 1977年2月 グレン・マトロックがバンドを脱退。新べーシストはジョニー・ロットンの友人シド・ヴィシャスに決定。
 1977年3月 A&Mと契約するがバンドのあまりにも無軌道な振るまい主原因となり、わずか10日程で契約が解消された。よって予定され既にプレスされていたセカンド・シングル「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」は廃棄処分となった。
 1977年5月 ヴァージンと契約。直ちに「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」が発売されチャートの2位まで上昇する大ヒットになった。が、チャート操作が行われなければ1位になる筈であった。というのは、この曲はBBCを始めいくつかの放送局で放送禁止となったが、チャートの1位になると自動的にBBCのテレビ番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」に出演することになるからであった。
 1977年10月 デビュー・アルバム『勝手にしやがれ!!』を発表。予約だけで12万枚以上を集め、発表と同時にゴールド・ディスクに認定された。チャート・アクションはもちろん堂々のNo.1であった。
 1978年1月 初のアメリカ・ツアーをアトランタから始める。最終公演地であるサンフランシスコのウィンターランドの5000人分のチケットがわずか1日で売り切れる人気ぶりを見せたが、ツアー全体を通した演奏、メンバー間のコミュニケーションは冴えないものであった。セックス・ピストルズの崩壊は目前に迫っていた。14日のウィンターランドでのライヴを終えた3日後、17日にジョニー・ロットンはバンドからの脱退を表明した。それと同時にセックス・ピストルズは実質的に消えたのであった。
 
(「勝手にしやがれ!!」99年3月発売のCD・ライナーノーツ(森脇美貴夫)より抜粋、一部改変)


●ディスコグラフィー

  NEVER MIND THE BOLLOCKS(邦題:勝手にしやがれ!!)(1977)

 
 * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 【肥大した産業に組み込まれた旧来型ロックが、権力からの抑圧や不況による不安で閉塞状態の日常を生きる若者にとって現実感を失っていた75〜76年の英国。テク不問の表現衝動だけで破壊的な音を鳴らす彼らのシーンへの登場は、まず強烈な嫌悪と(一部の)感嘆という両極端で迎えられた。王室や宗教など既存の価値観や権威に唾を吐き、その偽善と矛盾を暴く前代未聞の過激な姿勢と、規制のルールによる制約を受けない攻撃的なサウンドは、未来への希望を持てない虚無的なキッズ達の欲求不満の捌け口、且つ代弁として支持を得た。また「自分にも出来る!」と触発された多くの若者達が楽器を手にし、パンク・ムーヴメントは一大社会現象として全英を席巻する。そしてロックは”豊かな資金と技術のある一握りのアーティスト”達の手から、ストリートへと取り戻された。ムーヴメント自体は彼らの解散以後急速に瓦解したが、そのDIY精神と革新的気概は、後のあらゆるクリエイティヴな音楽の礎となった。】

 (今井スミ、クロスビート2001年1月号より)

「NEVER MIND THE BOLLOCKS」



   

   アーティスト: Sex Pistols

   タイトル: Never Mind the Bollocks Here`s the Sex Pistols



1977年発表


 なにはなくともピストルズである。ピストルズの登場が、パンク・ロックの登場が、ロックという存在をより身近でエキサイティングなものにしてくれたと思う。パンク以前と以後とではロックの世界は劇的に変わった。
 トム・ヨークが歌ったように誰もがギターを持ってコードを掻き鳴らし(私自身もそうだ)、もちろんその弊害はあるのだけれど、カート・コバーンのような人間が生まれる土壌はたしかに彼らが作ったのだと思う。

 SUM41やグッド・シャーロットがパンクだと思っている若い子たち、ピストルズを聴いてみなさい。これが本物のパンクですよ。この緊張感、切迫感、ぜひ体感してみよう♪

 何回聴いても飽きないんだよなぁ、「勝手にしやがれ!!」。
 ジョニー・ロットンの圧倒的な存在感に尽きる。リアムでなくとも真似したくなる。

 一家に一枚!「勝手にしやがれ!!」。
 まぁ、聴くかどうかは「勝手にしやがれ!」ってね。(←ちょっと寒いまとめ方(^^;)

 
 
 【ピストルズの「勝手にしやがれ!!」こそ、そのニーズを満たす1枚だった。”アナーキーインザU.K.”のAメロ、Bメロの繰り返し構成、「階級社会ムカツク。だからその象徴である女王を叩いちまえ」=ゴッド・ゼイヴ・ザ・クイーン”というシンプルな思考、ショッキング・ピンク&イエローのヴィジュアル。そして何より彼らのビートの理屈を超えた肉体的刺激は、デストロイという名の明快さを備えた快楽だった。単音フレーズではなく複数の音が同時に鳴るコード弾き中心のサウンド・メイキングと、撥音「ん」と促音「っ」を多用するジョニー・ロットンの異端のヴォーカル・スタイル。この二要素が一丸となって、ピストルズは圧倒的に強力なビートを獲得していたのだ。その刺激はマシン・ビートに慣れて耐性が出来ている現在の我々に対してでさえ、なお色褪せていない。
 しかし、明快&シンプルはパンクの魅力であると同時に、最大の弱点でもある。なぜなら、それに徹していると、使えるコードやリズム・パターンなどが限定されて、曲のヴァリエーションを増やすのが非常に難しくなるからだ。実際、ピストルズが1枚のアルバムであっけなく崩壊した一因には、曲作りへの行き詰まり感も少なからずあったようだ。したがって、ピストルズ亡き後にパンクを引き受けたクラッシュが、スカ、レゲエ、ダブなどの新しいエッセンスを積極的に取り込んで『ロンドン・コーリング』、『サンディニスター』、『コンバット・ロック』を生み出したのは必然だったと言える。”パンクとは変わり続ける意思だ!”という言い方をされることがあるが、それは正しい反面、響きほどカッコイイ言葉ではない。「変わらなければ続かない!」という悲痛な叫びなのだ。】

(田中大、「BUZZ」2001年1月増刊号より抜粋)

posted by rino at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 永遠のマスターピース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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